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執筆者の写真Kyoko Akimoto

A Rehearsal for Not Knowing 居心地の悪さがおしえてくれること

このプロジェクトでは、ロンドンと東京でたまたま出会ったホームレス にどのように応対することが可能なのかをリサーチ、実験、記録していく。


私たちの身体にはすでにたくさんの社会規範が書き込まれていて、その見えざる規範から逸脱行為は難しい。このリサーチプロジェクトでは自らの発話行為を変容するための手段として一人芝居を取り入れた。できなかったけれど、やりたかったこと、話しかけたかった言葉を書き、一人で演じてみるのだ。このリハーサルが,どのようにリサーチャーである私の路上での振る舞いを変化させたのか、このブログに記録していく。


プロジェクトを始めた経緯


ロンドン に滞在したことのある人はおそらく知っていると思うが、ロンドン ではスーパーや駅前、電車内、たくさんのホームレスを見かける。

2019年秋、大学院で美術教育について学ぶためにロンドン で引っ越した。東京圏外に住んだことのない私にとって初の海外生活は想像以上に慣れないものだった。中でも最も大きなインパクトがあったのは、通学中のロンドン オーバーグラウンドで、ホームレスの物乞いに遭遇したことだった。東京でもホームレスをみたことは会ったし、旅先で物乞いに出くわすことももちろんあった。けれども、ホームレスや物乞いを横目で見ないように見るのと、一時的とはいえ同じロンドン の居住者として、直接自分たちの窮状を声に出してわずかでいいのでとお金を請われるのは大きく異なる経験だった。

私を含めた乗客が目の前で語りかけてきた人間を無視する空間へのぬぐいきれない違和感と居心地の悪さ、「彼・彼女にどう応えればいいのか」分からない状態を何度も経験した。

「たまたま出会った彼らにどう応えることができるのか。」


この問いは偶発的に与えられた場に対して、自分自身をどう位置付けるのかに大きく関わってくるように思う。バトラーが「自分自身を説明すること」で語っていたように、その場に生きる「私」の存在なしに道徳的・倫理的な問いについて応答することはできない。この「私」という存在は絶対的な「個」ではなく、一連の社会的前提を引き受けた中で織られてきた。そしてこの「個」は決して固定されることはなく何度もその場面ごとに立ち上がる存在だとバトラーは述べていた。だとしたら、倫理的判断を迫られるような場面に置いて「私」がいかに行動するべきかは一つの明確な回答があるわけもなく、たまたま出会った場面に対して何度も意識的に応対していくことのみが可能なのかもしれない。


リサーチプロセス


「お金を恵んでほしいとホームレス に頼まれた時、偶然出会ったその人にどのように応対することができるのか。」


この問いに対してアートを通して応える方法ついて探求するため、リサーチを始めた。

当初はスーパーの前に座るホームレスや車内でホームレスが直接、声をかけてきた時に、どうしてお金が必要なのか、あえて聞き返してみたが、チグハグなコミュニケーションになってしまうことがほとんどであった。彼らと直接コミュニケーションを取ればその人にどう対応すればいいと分かるのではと期待したが、それはいささか単純でナイーブすぎる考えだと気付かされた。


  「チェンジ、プリーズ。」


私:「どうして必要なんですか。」


  (大抵少しの間を置いて)

  「ホームレスだからだよ。」


私:「何で私(たち)に声をかけるんですか。」


  「食べ物が必要だし、寝るところも欲しいからだよ。」

  「ここを通る人全員に声かけているだけだよ。」 


おそらく、当たり前すぎることを聞いて、当たり前の返事しか帰ってこないことがほとんどであった。もちろんその中でも、たまたま会話がスピンして顔見知りになり挨拶するようになった人もいたが、それはあくまで例外で、大抵の場合は互いに気まずい雰囲気になるだけであった。


私はこの上滑りなリサーチ方法に嫌気がさし、闇雲に出会った(会話が成立しやすそうに見える)ホームレスに話しかけるのではなく、誰かが物乞いをする場面に遭遇したらイヤフォンは外し、その人の声を聞き、彼・彼女のことをしっかり見ることにした。通学で使っていたオーバーグラウンドで出会うホームレス や、周りの乗客、自分自身のことを観察し記録を始めた。

*LONDON OVERGROUND... グレーターロンドン 市内と近郊都市を結ぶ鉄道のこと。2007年に開業した。地下を走るアンダーグラウンドと比べ、車内は比較的広く作られている。

参考文献

ジュディス・バトラー「触発する言葉」竹村和子訳、岩波書店、2004年

ジュディス・バトラー「自分自身を説明すること」佐藤嘉幸、清水知子訳、月曜社、2008年


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